§ 金物の町 三木市 §
秋の高い青空に誘われてドライブに出かけた。
愛車ミニ・クーパーを父のプログレに乗り換えて西神ニュータウンを出発、国道175号線へ出て一路北を目指す。普段1300ccに慣れているせいかゆったりとしたおっさん車がうれしい。パワステ、パワーウィンドウ、ブレーキがよく効くのにいちいち感激しながら、長年の腰痛もサスペンションの悪い愛車のせいかも知れぬとは思うものの、口にすると『そんなヘボぃ車売り飛ばしてしまえ』とまた言われそうなので黙る。
出来の悪い子ほど可愛いと言うけれど私のミニはそれ以上(?)、バッテリーは上がるわエンストはするわ、JAFのお世話になりながら毎日私の足となってくれているから、そう容易には手放せない。しかし今日のプログレ、やはり乗り心地のいい車というのは正直楽チンである。
父と取りとめのない話をしながらさしたる目的もないので、途中目に留まった看板に誘われて「道の駅みき」に立ち寄った。
神戸市の北西に位置する三木市、金物の町として有名である。建物入り口には秋の味覚、地元の農産物が並ぶが、建物内には金物の展示場が設えてあった。
日本で最初の金物の町と言われる三木市。その起源は、今からおよそ1500年前、五世紀の中頃のことだそうである。天目一箇命(あめのまひとつのみこと)を祖神とするこの地方の大和鍛冶と、百済の王子恵が丹生山へ亡命してきた時に連れてきた技術集団、韓鍛冶が技術を交流、すばらしい技術を持った韓鍛冶が三木に住み着いて鍛冶を行ったのが始まりという。
よい道具を使えばよい大工が育つ――というわけで、鍛冶の発達とともに優れた技術を持つ大工職人を数多く輩出したのもこの地方。平城京、平安朝の時代から国宝級の建物を手がけてきたのは、日原大工と呼ばれるこの地方の大工なのだそうだ。
しかし現在ではそういった大工道具生産は少なくなり、三木市の工業生産額の約32%を占めているという金物産業も、そのほとんどが新しい機械工具を中心とした製品となっているらしい。
という三木市の実情はあとで知ったのだが、展示場では父とふたりあれやこれやと手にとって物色。
最近自炊も始めた父はキッチンバサミが欲しいという。で見つけたのがワンタッチでふたつに分かれる優れもの。ハサミは特に重なったところの汚れが落としにくいのだが、これだと何を切ろうが刃の隅々まで洗えて衛生的。ニューヨークの韓国料理店で見覚えた食材をハサミで切るという方法。これだとまな板を洗って乾かすという手間が省けるし…と手抜き主婦のイメージは膨らむばかりであった。
ところで三木市を出て175号線をさらに北に進むと小野市を越えて加東郡社町に入る。整備された175号線を走っていると左手に「どら焼き」の看板が見えてくる。「社菓庵 末永」である。
このお店のどら焼きは絶品、北へドライブに行くたびに立ち寄る。大納言と栗の絶妙のハーモニー、甘すぎないこのどら焼きを買い込んでさらにドライブは続く。なんだか静かになったなと思ったら、ドラえもんのような体型の父がどら焼きをむしゃむしゃ喰ったあと、とろとろと居眠りを始めていた。