§ノーマン・ロックウェル ミュージアム §
絵を描くのが好きだ。
子どもの頃は雨が降るとワクワクした。この日ばかりは『お日様を浴びて外で遊びなさい』とは言われないし、お母さんは買い物に出かけない。薄暗い家の中でだらだら過ごす大義名分をかかげて、針仕事をする母の姿をよく画用紙に写し取ったものだ。
縁側の籐椅子に居眠る祖父をそおっと描いた。近所の家に行って、井戸端の台所で立ち働くおばさんの後姿も描いた。その先にある川べりの船着場にうずくまって、網の補修をする漁夫の姿を描いた。
思えば小さい時から、人を描く事が好きだったように思う。いつの時代か美術の教科書に載っていた岸田劉生の「麗子像」に衝撃を受けて、岸田がやった「1000人斬り」といわれた1000人の肖像画を自分も描きたいと思った。
だから中学高校は授業中、先生の姿をノートに写し取ってばかりいた。先生の顔を食い入るように見てそして筆を走らせるものだから、熱心に勉強しているものと勘違いされて先生の受けはよかった。その割にテストの点数に反映しないところは、学習態度がよろしいというオマケ点で凌いだ。
『マグマがどうのこうの…』と言ってたような気がする地学の小原先生のヒゲおやじに似たお顔も、『巧言令色少なし仁』と読み上げていた古文の藤原先生のケペル先生のようなお姿も、今でもはっきりと思い出すことが出来る。
我が敬愛するレンブラントが「光と影の魔術師」であるから、高校の時に在籍した美術部では光と影のつくる面をつなぎ合わせて空気感を求めようと腐心した。平板なキャンバスの上に、奥行きや広がりやそこに漂う空気の流れまでをも描くのだから、それは数学の公式を覚えることよりも難しかった。画集を観てはため息をつきながら、しかしそういうため息まじりの作業が楽しくもあった。
そんな頃にある美術画集で出会ったのがノーマン・ロックウェルである。
ノーマン・ロックウェル、1894年生まれ1978年没。アメリカでもっともよく知られている画家のひとりだと言われる。彼の作品は、ポスト、ルック、レディース・ホーム・ジャーナルなどのアメリカの主要な雑誌の表紙を飾り、サタデー・イブニング・ポストに至っては実に47年間にわたり、321の作品を提供し続けたそうである。
彼の作品に触れたとき、まずその描き込みの細やかさに目を奪われた。「Freedom to Worship」という1943年のその作品はキャンバス地に描かれた油絵にも拘らず、その書き込みは微細を極める。「それぞれの良心の導くところにより」祈りを捧げる人々の髪の毛の一筋、顔や手に刻まれたシワのひとつひとつが彼らの心の内をも表しているようで、この絵との出会いは衝撃であった。
さて、そんな若い日のノーマン・ロックウェルへの思い入れから、いつか彼の美術館を訪れてみたいという願いが先日実現した。
ニューヨークから北へ車で3時間、マサチューセッツ州のストックブリッジという町にノーマン・ロックウェル ミュージアムがある。タングルウッドの森も近く、ボストン、ニューヨークの夏の避暑地で賑わう美しい町だ。冬は深い雪で閉ざされるため、5月から10月だけの開館となる。訪れたその日は夏の終わり、ハドソン川に沿って走る高速道路は、ところどころすでに色づき始めた紅葉と深い緑に囲まれて、マンハッタンの喧騒とは空気がまったく違っていた。
ノーマン・ロックウェル ミュージアムは町の中心から少し離れたリンウッドの森の中に佇む。ミュージアムを取り囲む小高い丘には、彼の息子の手によるモニュメントがあちらこちらに点在する。ノーマン・ロックウェルが実際仕事場としていたアトリエも敷地内に移築され、彼の使ったイーゼルやパレットが主の居なくなった部屋に静かに置かれていた。
2時間かけて彼の作品を堪能した。ひとつひとつの作品に描かれた人物が、まるでそこに実際に息づいているかのように何がしかのメッセージを伝えてくる。あどけない少女の1日を描いたもの、アメリカの少年の家出騒動を暖かく見守ったもの、そして戦争から帰った兵士が家族と再会した喜びを描いたもの…。『こうあってほしいと思うアメリカの姿を描いた』と彼が言うように、そのどれもが博愛と正義の精神を訴えかけていた。
さて今回の小旅行、車を持たぬ身としては実現しにくいものであった。帰国してしまえばもう2度と訪れることはないだろうしと、思いきって参加したツアーを快適にお世話くださったのが中瀬ジージョさんである。
参加したのはマンハッタンに住むオバハンが4人、日産クエストに乗り込んで快適に北へ走る。片道3時間のドライブ、運転だけでも大変であったろうに中瀬さん、4人の客を飽きさせまいと話題も豊富である。特にマンハッタンのグルメスポットの情報には質問が飛び交い、しっかりとメモを取り出して書き留めさせていただいた。
石川県出身、在ニューヨーク25年になるとおっしゃる中瀬さん、ニューヨークヤンキ−ス松井ゴジラの応援団長なんだそうだ。ヤンキ−スタジアムで行われる試合には、ホームラン弁当付きの応援ツアーも催されているとか。空港への送迎から観光スポットへの案内、細やかなニーズに対応してくださるそうで、こういうツアーリーダーに出会うと旅の楽しさも違ってくる。
念願のノーマン・ロックウェル・ミュージアムで、画集や土産物をしこたま買い込んだ。マンハッタンの解散場所からはさぞ重かろうと、態々自宅アパートメント前まで送っていただいた。重い画集をずるずるとひきずり部屋へ戻りながら、中瀬さんお薦めの『誰も知らない裏街道ニューヨークスポット』というのに参加してみようかと考えている。
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